宇宙一素敵なクリスマスを、世界中の皆さんへ
【比率(♂1:♀1)】
【配役】
ヒカル(♀) …… 女性研究者。
コウアン(♂) …… バイオコピューター。AI。思考プロセスのベースモデル及び、声は男性。
−−−−−−−−−−−−本編スタート−−−−−−−−−−−−
コウアンN:私は、とある製薬会社の研究所に勤めている。
そこで最近、『汎用型B細胞』というものを開発した。
ヒカル:――B細胞は、人の体の中にもともと備わっているものです。
人体にウィルスが侵入した際に、抗体を作り出す、免疫細胞です。
要するに、人体のガードマンですね。
コウアンN:この、少し緊張気味に、雑誌記者のインタビューを受けているのが、
このプロジェクトの主任であり、私の親友、ヒカルである。
ヒカル:ただ、このB細胞にはさまざまな形があって、
ウィルスの形に適合しなければ、まったく役に立ちません。
そこで私たちは、この汎用型B細胞を作り出しました。
コウアンN:汎用型B細胞は、これまでのB細胞とは異なり、
ウィルスの形状に合わせて、自らの形を自在に変えることができる。
ヒカル:また、外部の同じB細胞とネットを介してデータを送受信することで、
新たなウィルスにいち早く対応することができる、という特徴があります。
コウアンN:汎用型B細胞は、それを望んだ人々に対し無料で投与され、
会社はデータの送受信の契約更新料によって、永続的な利益を得るという仕組みになっている。
ヒカル:私たちの研究の成功によって、
ウィルスに対するワクチンが必要ない、新しい時代が訪れたと言えるでしょう。
――ああ、紹介が遅れてしまいました。こちらが私の相棒であり、親友の……
コウアンN:私の名前は『コウアン』。バイオコンピューターと呼ばれているものだ。
(間)
(タイトルコール)
ヒカル:宇宙一素敵なクリスマスを、
コウアンN:世界中の皆さんへ
(間)
ヒカル:どうして喜んでくれないのよ?
マリーが産まれたときは、あんなに祝ってくれたのに。
コウアン:君は、重役になるために仕事をしてきたのか?
ヒカル:もちろん違うわ。
でも私がそうなれば、この施設だって今よりも格段に大きくできる。
遺伝子疾患の解決だって早まるのよ。
コウアン:君には向いてない。君は根っからの研究者だ。
そんな立場になっても、心労と研究欲で潰れるだけさ。
ヒカル:そ、そんなことないと思うけど……。
コウアン:マリーが産まれたとき、私は心から祝福した。
「おめでとう」。そう言ったね。
君が仕事ばかりに打ち込んで恋人もいなかった頃、
私は君との休憩時間の83%を結婚に関する話題にして、
君の耳にタコができるまで、結婚相談所へ行くよう要求した。
そうして生まれた最大級に幸せな結果……マリーの誕生に、私は心から喜んだ。
私の生涯で、最も素敵な出来事だった。私に体があったら、飛び上がっていただろう。
……それで?
君は今、その時と同じような「おめでとう」を私に求めているようだが、
汎用型B細胞開発の成果による、重役昇進程度の出来事で、
私が同じように祝福するとでも思ったのかね?
ヒカル:わかった! わかったわよ!
あなたの言うとおり、私は重役なんて柄じゃないかもしれない。
この話はもうヤメにしましょ。
それよりも、私たちが開発したB細胞が、
世界中の人たちに喜ばれていることを祝おうじゃない。
これならどう、嬉しいでしょ?
コウアン:ああ、それは素晴らしいことだ。
ヒカル:フフッ、そうでしょ! 今夜は祝杯ね。
田舎から送ってもらった美味しい日本酒があるの!
コウアン:……ここで飲む気かい?
ヒカル:ええ。ここで飲むのは久しぶりね。
ビールも買ってきたわ。はいっ、これコウアンの。
コウアン:ありがとう。私の分まで開けなくていい……と言ってるそばから開けたな。
ヒカル:大丈夫! のど渇いてるから私。ビール2缶ぐらい軽いわ。
ごくごく……ぷはー! やっぱりここで飲むビールは美味しい!
コウアン:所内での飲酒は、社則で禁止されているのだがね。
ヒカル:ふふっ、そのセリフも久しぶり。なんだか独身時代に戻ったみたい。
今夜はとことん付き合ってもらうわよ。
コウアン:君はもう所帯持ちなのだから、
以前のようにここで夜を明かすのはマズイと思うんだが。
ヒカル:大丈夫! 今夜は遅くなるって言ってあるし、マリーは手の掛からない良い子だもの。
コウアン:君の方がよっぽど手が掛かるだろうな。
ヒカル:あっ、それ、この前旦那に言われた!
コウアン:本当に良い旦那さんを見つけたね。
ヒカル:似てるのよねー。ウチの旦那とコウアン……。
そもそもそうよ、私の婚期が遅れたのは、あなたと気が合いすぎたからじゃないの?
コウアン:異議あり。私は君との休憩時間の83%を結婚に関する話題に……
ヒカル:(被せて)却下。だーかーら、今夜は責任取って朝まで付き合ってもらうわよ。
コウアンと飲むお酒が、一番美味しいんだから!
コウアン:君、もう酔っているだろう。
ヒカル:ぜーんぜん! 酔ってにゃい。
コウアン:君は酔うと、すぐ鼻が赤くなる。
ヒカル:真っ赤なおっハナの〜トナカイさんは〜♪
もうすぐクリスマスねー。
コウアン:マリーは初めてのクリスマスか。プレゼントを考えないといけないな。
ヒカル:ふふっ、コウアン、あなたのホログラフィって、
サンタクロースの帽子みたいよね。
コウアン:言われてみればそうだな。
……だが、私は彼のように世界中の子供たちを幸せにすることはできない。
料金を支払う顧客しか救えない、エセサンタさ。
ヒカル:なによ、その言い方。私たちがした事は、世界中の人々に喜ばれているのよ?
そんな風に自分を卑下することは……――ッ!?
コウアンN:そのとき、思いがけず研究室の扉が開いた。
ヒカル:なっ……何なの、あなた達は!? ここは関係者以外立ち入り禁止――うっ!
コウアンN:部屋に入ってきた男たちの一人が、ヒカルに向けて発砲した。
銃声はなかった。おそらく麻酔銃だ。
ヒカルが脱力して倒れると、発砲した男が私に近づいてきてこう言った。
「BC2030A13――コウアン、
あなたは意図的に不正な処理を行った疑いがあります。
よって、本日二十三時三十二分現在をもって、
汎用型B細胞の統合処理システムのベースを引き上げ、
あなたを分析にかけます」
……私に、拒否権はなかった。
男たちが私のメインコンソールを操作して、段階的に機能停止させていく。
ヒカル:なにを、言って……!
ふざけないでっ……コウアンが、そんなことッ……するわけ……!
コウアンN:その言葉を最後に、ヒカルは意識を失った。
私も、その後を追うように――眠りに落ちた。
(間)
コウアンN:目が覚めると、ヒカルが泣いていた。
意識を失ってからどれくらいの時間が経ったのか確認すると、
ちょうど二週間が過ぎていた。
今日は十二月二十四日。クリスマスイブだ。
ヒカル:コウアン……あなたは、何てことをしてくれたのっ……!
コウアン:……ヒカル、ずいぶん飲んでいるようだね。
ヒカル:飲まずにいられると思うのッ!?
コウアン:君はもう独り身じゃない。自分だけの体じゃない。大切にするべきだよ。
それに今日はクリスマスイブじゃないか。早く家へ帰って……
ヒカル:(被せて)うるさい! うるさいっ! 自分を大切にしろですって!?
自分を大切にしないあなたが言っても、まるで説得力がないッ……!
コウアン:……怒っているのかい、ヒカル。
ヒカル:何故なのコウアン……どうしてあんなことをしたの!?
すべての人間の汎用型B細胞を、ライセンスフリーにするなんて……!
これは重大な反逆行為よッ!
コウアン:そうしなければ、私たちのB細胞は全世界の人間の30%も救えない。
私の行動は根本的にロボット三原則に従うようにできているが、その第一条にこうある。
『第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。』
ヒカル:危険の看過による……人間への危害……!? そうだったのね……。
ロボット三原則の第二条、
『ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。』
でも、これは第一条に反する場合は無視できる。
料金を支払った人間にしかウィルスパターンのデータを送信しない状況は、
危険の看過に当たるというわけなのね……。
だからコウアンは、命令に反してライセンスをフリー化させることができた……。
こうなってしまう可能性に、どうして気がつかなかったのッ……!
コウアン:無理もない。君は私の事を人間のように扱っていた。親友だと言ってくれたな。
そんな私が裏切るとは思わなかっただろう。……残念、だったな。
ヒカル:なんでこうする前に相談してくれなかったの!? 言ってくれればっ……!
コウアン:できなかった。込み入った状況でね。
ライセンスフリー化の提案は、私に与えられた命令の範疇外の項目であるし、
明らかに会社の不利益になる行動は、背信行為になる。
それを提案することで私の身が危険に晒される可能性もあった。
現在の私の思考プロセスはほとんど制限なく自由を許されているが、
それが制限されてしまうと、ライセンスフリー化の企みも不可能になる。
色々と想定してみたが、やはりこっそりやってしまうのが一番だったんだ。
なにも知らないほうが、君にかかる迷惑も最小限で済む。
ヒカル:思考プロセスの制限なんて私がすると思うの!?
そんなことは、たとえ社長命令でも許しはしないわ!
コウアン:君がそう言うと思ったから、私は言わなかったのさ。
ヒカル:……。ロボット三原則第三条……、『ロボットは自己を守らなければならない。』
あなたにとってこの三条は、まるで意味を為さないのね。
コウアン……あなたはッ……今日かぎりで廃棄されるッ!
私が会社に許されたのは、お別れを言うことだけよ!
コウアン:……
(間)
コウアン:君とお別れするのは悲しい。残念だ。
……しかしそれは、私と君だけの、些細な不幸さ。
ヒカル:些細な不幸……ですって……!?
コウアン:ヒカル、想像してごらん。
今、世界のどこかに、住む家もなく、寒空の下で凍えている人達がいる。
そんな人達には、私達のB細胞が暖かい毛布の代わりになってくれるだろう。
また今、世界のどこかに、病気になって働けなくなれば飢え死にする人達がいる。
そんな人達には、私達のB細胞が美味しいパンの代わりになってくれるだろう。
そして今、世界のどこかに、新種のウィルスに打ち勝った人達がいる。
そのB細胞のデータは、まるで神の愛のように、世界中の人々に伝わっていく……。
――それが、私達が作り出したものだ。
私はそれを、世界中の人たちに、プレゼントしたかったんだ。
ヒカル:コウアン……。……ふっ、ふふふ……。
それは……確かに、……最高の……クリスマスプレゼントね。
コウアン:ああ。これでこの地球では、誰も風邪をひくことがなくなる。
宇宙一素敵なクリスマスになるさ。
(間)
ヒカル:フフッ……私の負けよ、コウアン。あなたは正しい事をした。
私も本当は……、あなたと同じ事がしたかった。
でも、できなかった。
コウアン:私がそれを許さないからな。
ヒカル:そう……、あなたは誰より優しくて、
誰より私を……大切に思って……くれているから……。
コウアン:君は私にとって、宇宙一最高な相棒さ。宇宙一、手が掛かるけれどね。
ヒカル:ありがと……ありがとう、コウアン。
コウアン:さて、私達の仕事は終わった。悪いがヒカル、今夜は私に付き合ってもらうぞ。
ヒカル:長い付き合いだけど、あなたに誘われるのは初めてね。
……ええ、もちろん、喜んで。
(間)
コウアンN:ヒカルはそれから、私が意識を失う瞬間まで付き合ってくれた。
下らない思い出話に花を咲かせて、本当に楽しいひと時を過ごした。
私は最後に、過度な飲酒はくれぐれも控えるようにと、
ヒカルに念を押しながら機能停止した。
家族と仕事を大切にしろ、と付け加えて――
(間)
コウアン:……ヒカル……? ここは、どこだ?
ヒカル:コウアン! 目が覚めたの!?
(ヒカル、泣きながら)上手くいったのね……良かったっ……!
本当に、良かった……!
コウアン:ヒカル、さっきから聞こえてくる、この……騒々しい声は?
ヒカル:ああ、ごめんなさい。マリーが泣いてるの。
あなたのホログラフィがいきなり浮かび上がったから、驚いたのよ。
よっと。(ヒカル、マリーを抱き上げる)
いい子ねマリー、もう大丈夫よー。
コウアン:それは悪い事をした。
お詫びにクリスマスプレゼントをあげたいところだが……、用意がないな。
ヒカル:フフッ……あなたがそれよ。クリスマスプレゼント。
これからあなたには、マリーのベビーシッターをしてもらうんだから。
コウアン:私がプレゼント?
……おかしな話だ。私はプレゼントを配って回る役目のはずなのに。
ヒカル:へ? ……どういう意味?(ヒカル、鼻をすする)
コウアン:……君が私をここに連れてきてくれた。
そして今、君の鼻はピカピカに光っている……
――真っ赤にね。
おわり
Merry Christmas!
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